ネブライザー療法
ネブライザー療法とは薬液をネブライザー機器によりエアロゾル化し病巣局所に到達させる気道局所薬物療法です。
鼻腔、咽喉頭、気管、気管支領域の炎症性疾患、アレルギー性疾患、腫瘤性疾患など用途は多岐にわたります。
ネブライザー機種としては
ジェット式ネブライザーと超音波式ネブライザーが頻用されており、
仕様によりエアロゾル粒子径や分時霧化量が異なり、目的の部位や疾患に合わせた機種の選択が必要です。
(最近ではメッシュ式ネブライザーもあります)
比較
機器費用:ジェット式 < 超音波式
エアロゾル粒子径:ジェット式 ≧ 超音波式
霧化量:ジェット式 < 超音波式
尾崎病院 ME室 広報誌 No9. より
ネブライザー療法の利点として
- 全身投与に比べ容易に局所薬有効濃度が得られる
- 速効性が期待できる
- 全身に及ぼす影響が少なく、安全性が高い
- 苦痛が少ない
一方、欠点としては
- 容器内に投与された薬剤全てが目的部位に到達するわけではない(特に副鼻腔への薬剤到達は困難)、到達性に確実性がない
- 薬剤の局在が短い:粘膜絨毛輸送で排除される
- 投与頻度の限界:病院の通院回数
- 稀に過敏症を生じる
動物では上記一部の欠点を補うために在宅でのネブライザー療法を推奨しています。
自宅であれば通院の必要性なく、頻回に実施可能となります。
動物でネブライザー療法を実施する場合、
人間のようにマスクや鼻にノーズピースをつけることはほぼ不可能なため、
一定の間、霧の目の前に犬の顔を固定する、
または犬の顔の動きに合わせてネブライザーまたはホースを動かし続けることは
非常に労力を要します。
基本的に毎日実施する治療であるため手間のかかる内容では長続きしません。
これらの理由から、病態にもよりますが、
エアロゾル粒子径が細かく霧化量が多い超音波式ネブライザーを推奨することが多いです。
操作方法や手入れの簡便さから新鋭工業のコンフォートオアシスを推奨しています。
実施方法
超音波式ネブライザーの場合の実施方法としては
キャリーケースやケージ、時には酸素ケージ内に動物を入れ、
隙間からネブライザーのホースを差し込み、エアロゾルを発生させ、10〜15分放置するのみです。
この際の注意点としては密閉しないこと。
超音波式では大量のエアロゾルが発生しするため、
密閉してしまうと空間の熱が逃げず暑くなったり、動物が息苦しくなってしまう可能性があります。
キャリーケースやケージの隙間を上からバスタオルをかぶせて塞ぐ程度で十分です。
ネブライザー機器の洗浄、消毒について
汚染されたネブライザー機器での実施は気管支や肺胞にエアロゾルとともに細菌などの微生物を運んでしまう可能性があり、
日々の洗浄・消毒は非常に重要です。
長く行う治療であるからこそ安全性には十分気をつけたいですね。
洗浄
ネブライザー使用後はそれぞれの部品をよく水洗いします。
一応、用書的な推奨では
「使用後のネブライザー機器に付着した有機物の残存は消毒の効果を低下させる可能性があり、また、ネブライザー機器から検出される菌や芽胞がバイオフィルムを形成することがあり、消毒に抵抗性を示すことがある。そのため消毒前には蛋白分解酵素洗剤などを用いた洗浄が推奨される」
とされていますが、
流水で十分に洗い流すことで十分です。
消毒
薬剤の残留毒性が低く安全性の高い、中水準消毒薬に分類される次亜塩素酸ナトリウムを使用することが一般的です。
人間の耳鼻咽喉科の用書では、
「浸漬消毒が推奨されており、0.01%の次亜塩素酸ナトリウムで60分以上もしくは0.02%の次亜塩素酸ナトリウムで30分以上が推奨されている。浸漬消毒後に水道水などで十分にすすぎ、乾燥状態で保管することが望ましい。浸漬消毒が困難な機器、部品には熱水消毒を併用すると良いとされ、70℃の熱水30分以上もしくは80℃熱水15分以上で十分な消毒効果が得られる」
とされています。
低水準消毒薬に分類される塩化ベンザルコニウムは安全性が高く一般細菌や酵母様真菌などには有効ですが、
芽胞菌には無効でありネブライザー機器の消毒には適しているとはいえないため推奨されていません。
オススメはミルトン(次亜塩素酸ナトリウム)での消毒です。
ミルトンの製品ページでもネブライザーの消毒方法が記載されていますので参考にされてください。
https://milton.jp/nursing/contents/cont_a_03.html
ミルトンの製品ページによると、
薬局で市販されているミルトンを80倍希釈し(ミルトン12.5mlを水897.5mlに混ぜ1Lとする)、ネブライザー機器の部品を1時間以上漬け込み、水洗いして乾燥させる。
この漬け込み液は24時間繰り返し使用が可能であるため、1日2回の実施であっても同じ漬け込み液を使用して良いようです。
動物に対するネブライザー療法の効果
動物のネブライザー療法は古くから行われてきた治療法ですが、実はその効果を実証したエビデンスは多くありません。
近年、細菌感染に有効であったとする内容や、手術後の治療として効果的であったとの内容の報告が発表されたので簡単に紹介したいと思います。
Clinical response to 2 protocols of aerosolized gentamicin in 46 dogs with Bordetella bronchiseptica infection(2012-2018)3
上記報告においてボルデテラ感染(Bordetella bronchiseptica)の犬に対し、ゲンタマイシンのネブライザー吸入療法が有効であったとされています。
Nebulized Adrenaline in the Postoperative Management of Brachycephalic Obstructive Airway Syndrome in a Pug1
パグの短頭種気道症候群の術後管理にアドレナリン(ボスミン)のネブライザー療法であった一例が報告されました
Nebulization of epinephrine to reduce the severity of brachycephalic obstructive airway syndrome in dogs2
上記報告後、31頭の短頭種気道症候群の周術期管理にエピネフリン(ボスミン)のネブライザー吸入が有効であると証明されました。
これまで多くの呼吸器症例でのネブライザー療法を使用してきた経験としても報告と同様の効果を実感しています。
おわりに
利点でも述べたように即効性があり、内服薬や注射などの全身投与に比べ副作用が圧倒的に少なく、咳や鼻汁、くしゃみ、呼吸困難の管理、気道の外科手術後など動物の呼吸器疾患においてネブライザー療法は幅広く有効であることが多いです。
ただし、使用法や使用する薬剤が適切でないと、効果が得られない、
それどころかむしろ病態を悪化させてしまうこともありますので、病気を理解しておくことが何よりも重要です。
自宅でのネブライザー療法の実施方法、消毒方法などについては解説動画を作成中ですので、お待ちください。
参考文献
- 1Ellis J., Leece E. A. (2017) Nebulized Adrenaline in the Postoperative Management of Brachycephalic Obstructive Airway Syndrome in a Pug. J Am Anim Hosp Assoc53,107-110.
- Franklin P. H., Liu N. C., Ladlow J. F. (2020) Nebulization of epinephrine to reduce the severity of brachycephalic obstructive airway syndrome in dogs. Vet Surg.
- Morgane Canonne A., Roels E., Menard M. et al. (2020) Clinical response to 2 protocols of aerosolized gentamicin in 46 dogs with Bordetella bronchiseptica infection (2012-2018). J Vet Intern Med.