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犬の肥満は呼吸機能を低下させる?!
犬において肥満は様々な病気(糖尿病や整形外科疾患など)と関連があると言われていますが、呼吸器疾患にも密接な関係があります。
肥満になると様々な呼吸器疾患に罹患したり、すでにある呼吸器疾患の病態悪化につながるケースを多く経験します。
今回はそんな肥満と呼吸機能について調べられた文献を紹介します。
肥満犬において体重減量は動脈血ガスと呼吸パラメーターを改善する
Weight loss improves arterial blood gases and respiratory parameters in obese dogs
Pereira-Neto GB, Brunetto MA, Oba PM, Champion T, Villaverde C, Vendramini THA, et al
J Anim Physiol Anim Nutr (Berl),102,1743-1748(2018)
はじめに
肥満は様々な身体機能に深刻な変化を引き起こし、動物の寿命を短くしてしまうことがある。肥満は整形外科疾患、インスリン抵抗性、猫の糖尿病、心肺疾患、泌尿器障害、生殖障害などを引き起こす因果的役割があると考えられている。人では肥満により酸素分圧は低下し、その他の呼吸器疾患に罹患した時や、麻酔導入時には呼吸機能が急激に悪化することがある。肥満は犬の気管虚脱の進行の危険因子であり、上気道への脂肪沈着により喉頭麻痺や短頭種気道症候群などの呼吸器疾患を悪化させる。本研究目的は体重減量が呼吸機能に及ぼす影響を評価することである。動脈血ガス分析※1、呼吸パラメーターを肥満犬の減量の前と後で測定し、理想的なBCS※2の動物と比較した。
※1動脈血ガス分析とは動脈血中の酸素分圧や炭酸ガス分圧など複数の項目を測定でき、肺機能を調べるためのゴールドスタンダードな検査方法です。
※2BCS(ボディ・コンディション・スコア):犬や猫の体格、肥満度を評価する指標。1~9段階の数値で評価されます(以前は1~5段階評価でした)。1~3:痩せている 4,5:適正 6:太り気味 7~9:太っている
材料及び方法
動物
肥満犬と理想的なBCSの犬11頭ずつが選ばれ、GⅠ、GⅡ、GⅢの3つのグループに分けられた。
・GⅠ:BSC8/9以上の肥満犬、雄2頭、雌9 頭、年齢中央値は5.5歳(4-11)、12ヶ月以上 肥満であり、CBC/血液生化学/尿検査で異常なく全身的に健康な犬(ダックスフンド、プードル、コッカースパニエル、ビーグル、雑種)
・GⅡ:初期体重の約20%減量後のGⅠと同一個体
・GⅢ:理想的な体重でBSC5/9のビーグル犬、雄3頭、雌8頭、年齢中央値3.5歳(3-6.5)
減量プロトコール
目標体重(20%の減量体重)に対して計算された維持要求量の60 %を、それぞれの飼い主が調整された計量カップを受け取り、毎日正確な量を与え、毎日の散歩実施、おやつやその他の食事を与えないように指示した。
動脈血ガス分析
ヘパリン処理した1 mlシリンジで大腿動脈から0.3 ml採血され、酸素分圧(PaO2)、炭酸ガス分圧(PaCO2)、酸素飽和度(SaO2)、重炭酸塩濃度(HCO3–)、pH、ヘモグロビン濃度が測定された。
呼吸評価
呼吸機能は一回換気量(Vt)、吸気時間(Ti)、呼気時間(Te)、呼吸数(RR)の変動が評価された。測定はマスクにつけられたセンサーを使用し、測定前にはストレスを避けるために飼い主とともに測定部屋に滞在し、採血前に実施された。
結果
体重(平均)
GⅠ:12.3 ± 2.94 kg(7.0–16.8 kg)
GⅡ:9.7 ± 2.44 kg(5.4 -14.1 kg)
GⅢ:10.5 ± 1.50 kg(7.8 -13.0 kg)
減量プロトコール
嘔吐や下痢などの報告はなかった。初期体重から20.56 ± 3.57%減量し、BCSは5-6/9を達成した。平均の体重減量率は1週間ごとに1.34 ± 0.35%であり、減量の平均期間は16 ± 3.0週であった。
動脈血ガス分析(表1)
GⅠに比べGⅡは10%の酸素分圧の増加が認められた。肥満犬(GⅠ)とコントロール犬に(GⅢ)は有意な差が認められたが(p=0.013)、GⅡとGⅢでは有意差は認められなかった。その他のパラメーターは各群で有意差はなかった。
表1
呼吸パラメーター(表2)
肥満犬において初期体重の20%減量後にVtが大幅に増加した(p<0.001)。また、GⅢはGⅠより有意に高値を示したが(p<0.0001)、体重減量後のGⅡとは有意差を認めなかった。GⅠのRRはGⅢに比べ増加しており、減量後には有意に低下した(p<0.001)。GⅠのTi、Teは他の群によりも低値を示した(p<0.05)。
まとめ
肥満犬は理想的なBSCを持つ犬より安静時のPaO2値が低いことが判明した。肥満は一回換気量の減少と呼吸数の増加をもたらした。体重が20%減るとPaO2と一回換気の増加・呼吸数の減少・呼吸機能の改善が認められ、理想的なBCSの犬と同様になった。本研究は肥満動物が過剰な脂肪の蓄積により、十分な酸素化を維持するためには大きな労力を必要とすることを示している。減量は肥満動物の呼吸様式と酸素化の改善に役立つ。
コメント
上記報告から
「肥満なだけで理想体重犬よりも呼吸機能が低下している」
「ダイエットで呼吸機能が改善する」
この2点をお伝えしたかったのです。
その一つの機序として、以下の要因が大きいと考えています。
2足歩行の人と違い犬は4足歩行です。そのため肥満犬ではお腹の脂肪が胸を圧迫する形となり、肺が膨らみにくくなってしまいます。
イメージ
特にチワワやトイプードル、ポメラニアンなどの小型犬では影響が大きく、それだけでも気管支軟化症を引き起こし、努力呼吸や咳を認めることが多くあります。
気管虚脱と診断され、手術をご希望されてご来院いただくケースも多いのですが、実は肥満が原因で、気管虚脱は主病態ではないこともあります。その場合は治療は「手術ではなくダイエットが最も良い治療法です」とお話しします。
また、肥満は肺だけでなく咽頭や喉頭などの上気道にも悪影響を及ぼします。
その代表的な疾患には「短頭種気道症候群」、「咽頭気道閉塞症候群」が挙げられます。これら疾患については別のコラムで記載予定です。
一般的な理想体型と、呼吸器サイドから見た理想体型は少し異なるかもしれません。呼吸器にとっての体型評価は、身体検査による視診や触診、レントゲン/透視検査で行います。
何れにしても「肥満は万病のもと」。犬の健康のために日々、体重管理をしっかりと行っていただきたいと思います。
ちなみに、なぜか猫は肥満による呼吸器疾患はあまり経験しません(糖尿病リスクや関節炎リスクは非常に高いと言われています)。動物によって骨格や機能が異なるようです。
参考文献
Pereira-Neto GB, Brunetto MA, Oba PM, Champion T, Villaverde C, Vendramini THA, et al:Weight loss improves arterial blood gases and respiratory parameters in obese dogs.: J Anim Physiol Anim Nutr (Berl),102,1743-1748(2018)