犬の誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎とは食べ物や吐物、液体などが気道に混入することで生じる肺炎のことで、犬では比較的遭遇することの多い疾患です。
症状
急性の呼吸困難(42-55%)、咳(57%)、発熱(31%)などが生じます。
その他、聴診器にて異常な肺音が聴取されることも多いとされています1。
重症度は誤嚥したものによって異なり、pHの低い胃酸の炎症が強く引き起こされます。
また、誤嚥した量、誤嚥したものに含まれる微粒子(食べ物などの小粒子)にも重症度は依存するとされています。食べ物が含まれる場合には菌の温床となり二次感染を生じやすくなります2。
病態
「誤嚥性肺炎=感染」では必ずしもありません。
酸を誤嚥した場合には以下の3つの病期で肺の障害が進行します3。
- 第一相-気道反応:誤嚥したことにより気管や気管支の浮腫・収縮が強く生じます
- 第二相-炎症反応:炎症細胞である好中球の動員、肺血管の透過性亢進が生じ、実験的には誤嚥後の4−6時間後に始まるとされています
- 第三相-二次感染:菌の二次感染により細菌性肺炎が生じます
単純な酸の誤嚥では72時間後に炎症は消退し始めるとされており、第二相までで改善する症例も多く、二次感染(細菌性肺炎)が必ずしも生じるわけではありません。
誤嚥後36時間以上経過して発熱、体温上昇、血液検査での強い炎症反応(白血球の左方移動やCRP上昇)などが認められた際には二次感染が疑われます。
原因・リスク因子(これが非常に重要)
以下の様な基礎疾患または状況を有する犬は誤嚥性肺炎を生じやすいとされています2。
- 喉頭疾患:喉頭麻痺、喉頭炎、輪状咽頭アカラシアなど(ちなみに喉頭麻痺に対する片側披裂軟骨側方化術(Tie-back)の術後は1年で18.6%、3年以内に31.8%で誤嚥を生じると報告されています5
- 食道疾患:巨大食道症、食道運動機能低下
- 胃腸疾患:嘔吐、IBDなどの慢性消化器疾患
- 麻酔:麻酔かけた犬の0.17%で発生6、誤嚥した犬を調査したら16%の犬が直前で麻酔を実施していた7、麻酔時間が誤嚥発症リスクと相関していたとする報告があります
- 神経疾患:痙攣発作時の誤嚥。椎間板疾患、下位運動ニューロン障害、重症筋無力症など寝たきりになってしまうと誤嚥することが多い
- 鼻腔疾患:慢性鼻炎(慢性特発性鼻炎、リンパ形質細胞性鼻炎、歯科疾患関連性鼻炎など)
- 犬種:フレンチ・ブルドッグやパグなどの短頭犬種(短頭種気道症候群)、ダックスフンド(椎間板ヘルニアや慢性鼻炎を生じやすいためと考えられる)、アイリッシュ・ウルフハウンドやラブラドール(喉頭麻痺を生じやすいためと考えられる)
診断・検査方法
大きくの場合は誤嚥したという状況証拠や基礎疾患の有無とレントゲン検査、血液検査から暫定的に診断することになります。
誤嚥性肺炎ではレントゲン検査にて異常を認める肺の位置に特徴があります。
誤嚥性肺炎は気管支の位置や分岐角度などの解剖的な要因から、右中葉、右前葉、左前葉後部に好発するとされています4。
レントゲン画像は(左側が犬にとっての右側、右側が犬にとっての左側です。)
左:正常な犬の胸部レントゲン
中:誤嚥性肺炎の犬の胸部レントゲン
右:誤嚥性肺炎による異常な影の位置(中の画像と同様です)
治療法
基本的には支持療法を実施しながら自己治癒を待つことになります。
二次感染の予防、治療のための抗生剤投与を主体とし、その他は症状に合わせて支持療法を実施します。
支持療法としては以下の治療法が挙げられます。
- 酸素療法:肺炎時には低酸素となることが多く酸素投与が重要です。誤嚥性肺炎の79%で低酸素血症(PaO2<80mmHg)が認められたとされています1。
- 気管支拡張剤:第一相の気道収縮期には気管支が強く収縮するため気管支拡張剤の投与を実施すべきです。
- ネブライザー療法:いくつかの報告ではネブライザー療法は推奨はされますが、肺血管透過性が亢進している最中の実施は病態を悪化させる可能でがあるため控えるべきだと考えています。
- 呼吸理学療法(詳細は後日UP予定の犬の呼吸理学療法にて)
禁忌としては利尿剤の投与です。肺水腫ではないため、脱水を招き全身状態を悪化させる可能性があります。むしろ、循環管理のための適度な静脈輸液を実施するべきです(ただし、“適度な”ということが重要です)。
また、ステロイド剤の投与の有効性は証明されておらず、現時点では推奨はされていません。
予後
多くの症例は3−7日ほどで回復します。誤嚥したものの種類や年齢によっては重症化してしまうこともあります。ある報告では死亡率は18.4%とされており、決して油断はできません7。
終わりに
誤嚥性肺炎の診断および治療自体はあまり難しいことはありません(重症化してしまった際には人工呼吸管理など特殊な設備と知識が必要になることもありますが、、)。
重要なことは誤嚥性肺炎の生じうる基礎疾患をいかに診断し、管理するかということです。何度も誤嚥性肺炎を繰り返す犬には必ず何らかの基礎疾患があります。呼吸器科ではよく、何度も繰り返す誤嚥性肺炎の犬で、慢性鼻炎と診断することが多いです。
慢性鼻炎の犬は誤嚥性肺炎を発症する可能性が高いのでその管理方法も含め、治療を組み立ててあげる必要があります。
猫の誤嚥性肺炎は犬ほどは多くありませんが、最近猫についても文献が報告されました。後日猫の誤嚥性肺炎についてもUPします。
参考文献
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Sherman R1, Karagiannis M2.: Aspiration Pneumonia in the Dog: A Review. Top Companion Anim Med. 2017 Mar;32(1):1-7.
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- Eom K, Seong Y, Park H, et al: Radiographic and computed tomographic evaluation of experimentally induced lung aspiration sites in dogs. J Vet Sci 7:397-399, 2006.
- Wilson D, Monnet E: Risk factors for the development of aspiration pneumonia after unilateral arytenoid lateralization in dogs with laryngeal paralysis: 232 cases (1987-2012). J Am Vet Med Assoc 248:188-194, 2016.
- Ovbey DH, Wilson DV, Bednarski RM, et al: Prevalence and risk factors for canine post-anesthetic aspiration pneumonia (1999-2009): a multicenter study. Vet Anaesth Analg 41:127-136, 2014.
- Tart KM, Babski DM, Lee JA: Potential risks, prognostic indicators, and diagnostic and treatment modalities affecting survival in dogs with presumptive aspiration pneumonia: 125 cases (2005-2008). J Vet Emerg Crit Care (San Antonio) 20:319-329, 2010.